最近、ChatGPTをはじめとする「生成AI(ジェネレーティブAI)」が大きな話題ですね。人間と自然に会話したり、文章を作成したり、アイデアを出してくれたりと、まるでSF映画のような技術が現実のものとなり、驚いている方も多いのではないでしょうか。
しかし、非常に賢く見える生成AIにも、実は苦手なことや、使う上で注意が必要な点があります。特に、「平気で嘘をつくことがある(ハルシネーション)」や「最新の情報について知らない」といった課題は、ビジネスなど正確性が求められる場面での利用を難しくしていました。
そこで登場したのが、「RAG(ラグ)」という技術です。RAGは、生成AIが持つこれらの課題を解決し、より正確で信頼性の高い回答を生み出すための重要な仕組みとして注目されています。
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そもそも、生成AIが苦手なことって何?
まず、RAGの必要性を理解するために、現在の生成AIが、具体的にどのような点を苦手としているのかを見ていきましょう。素晴らしい能力を持つ一方で、いくつかの弱点も抱えているのです。
- 平気で「嘘」をつくことがある(ハルシネーション)
生成AIは、学習した膨大なデータをもとに、もっともらしい文章を作り出すのが得意です。しかし、知らないことや曖昧な情報について質問された場合でも、自信満々に、事実に基づかない、もっともらしい「嘘」の回答を作り出してしまうことがあります。これを「ハルシネーション(幻覚)」と呼びます。 - 最新の情報や、世の中の細かい変化を知らない(知識のカットオフ)
多くの生成AIは、インターネット上の膨大な情報を学習して賢くなりますが、その学習データはある特定の時点までのもの(これを知識のカットオフと言います)です。そのため、学習が完了した後の最新の出来事や情報は基本的に知りません。- 例: 「昨日の株価はどうだった?」「今日の天気は?」といった最新情報が必要な質問には答えられません。また、社内の最新ルールや、ごく最近変更された製品情報なども、AIの学習データに含まれていなければ答えることができません。日々変化する情報に対応できないのは、実用上の大きな制約となります。
- 専門分野や社内情報など、限定的な知識は持っていない
生成AIは幅広い一般的な知識を持っていますが、特定の業界の非常に専門的な知識や、一般公開されていない社内文書、企業独自のノウハウなどについては、当然ながら学習していません。- 例: 自社の詳細な就業規則について質問しても、一般的な回答しかできなかったり、「分かりません」と答えたりします。特定の顧客との過去の取引履歴について尋ねても、AIがアクセスできない情報なので答えることはできません。
- 情報の「根拠」を示せない
生成AIが作り出した回答が、どの情報源に基づいているのかを示すのが苦手です。そのため、回答の真偽を確かめたり、裏付けを取ったりするのが難しい場合があります。レポート作成などで利用する際には、情報の出典が不明なのは大きな問題です。
これらの苦手な点を理解せずに生成AIを使うと、「期待していた答えと違う」「間違った情報で判断してしまった」ということになりかねません。だからこそ、これらの課題を解決する新しいアプローチとして、次に紹介する「RAG」が非常に重要になってくるのです。
RAGは「カンペを見ながら話すAI」

生成AIが苦手なことを見てきましたが、これらの課題を解決するために開発された技術が「RAG(ラグ)」です。正式名称は「Retrieval-Augmented Generation(レトリバル・オーグメンテッド・ジェネレーション)」と言いますが、難しく考える必要はありません。
一言で例えるならカンペを見ながら話すAI
想像してみてください。あなたがプレゼンテーションをするとします。事前にたくさんのことを勉強しましたが(これがAIの事前学習に相当します)、話している途中で細かいデータや最新情報を忘れてしまうかもしれませんし、間違ったことを言ってしまうかもしれません。
そんな時、手元に関連する資料や最新情報が書かれた「カンペ(=参照する情報源)」があればどうでしょうか? カンペを確認しながら話すことで、より正確で、最新の情報に基づいた、自信を持ったプレゼンテーションができますよね。
RAGは、まさにこの「カンペ」を生成AIに与える仕組みなのです。
RAG(検索拡張生成)とは?
- Retrieval(検索): ユーザーから質問を受け取ると、AIが回答を生成する前に、まず関連性の高い情報を探し出してきます(検索)。この情報は、最新のニュース記事、社内マニュアル、特定のウェブサイト、製品カタログなど、あらかじめ用意された信頼できる情報源(データベース)から見つけ出されます。これが「カンペ」にあたる部分です。
- Augmented(拡張): 見つけ出してきた情報(カンペ)を、ユーザーの質問と一緒にAIに渡します。つまり、AIが元々持っている知識を、検索してきた新鮮な情報で補強・拡張するのです。
- Generation(生成): AIは、元々の知識に加えて、渡されたカンペ(検索してきた情報)を参考にしながら、最終的な回答を作り出します(生成)。
重要なポイントは、「AI自体を再トレーニングするわけではない」ということです。 AIモデルそのものを最新情報で再学習させるのは、膨大な時間とコストがかかります。RAGは、AIモデルはそのままに、回答するその都度、必要な最新情報や専門知識を外部から「カンペ」として与える、非常に効率的で賢いアプローチなのです。
この「カンペを見る」というステップが加わることで、前述した生成AIの苦手な点、つまり「嘘(ハルシネーション)をつきやすい」「情報が古い」「専門知識がない」といった課題を効果的に解決できる可能性が生まれます。
RAGはどんな仕組みで動いているの?
「カンペを見ながら話すAI」というRAGのイメージは掴めたでしょうか?ここでは、RAGがユーザーからの質問に対して、どのように「カンペ」を探し、それを参考に回答を生成しているのか、その具体的な「仕組み」を、初心者の方にも分かりやすいように、ステップ・バイ・ステップで見ていきましょう。
ステップ1:ユーザーが質問を入力する
まず、あなたが生成AI(RAGが組み込まれたシステム)に質問を投げかけます。例えば、「〇〇(自社製品)の最新バージョンの特徴を教えてください」といった質問です。
ステップ2:質問に関連する「カンペ」を探す(情報検索 / Retrieval)
ここがRAGの最大の特徴です。AIがすぐに回答を生成し始めるのではなく、まずシステムは、あらかじめ用意された「信頼できる情報源(ナレッジベースやデータベースと呼ばれます)」の中から、あなたの質問に関連する情報を探しに行きます。
- 情報源の例: 社内マニュアル、製品カタログ、公式ウェブサイトの記事、FAQリスト、最新ニュース記事など、事前にシステムに登録しておいた文書データです。
- どうやって探すの?: ここで「ベクトル検索」という技術がよく使われます。難しく聞こえるかもしれませんが、これは「単語が完全に一致していなくても、意味が近い文書を探し出す」賢い検索方法です。例えば、「最新機能」という言葉で質問しても、「新機能」「バージョンアップ情報」といった言葉が含まれる文書を見つけ出してくれます。まるで、図書館の優秀な司書さんが、あなたの探しているテーマに合った本を棚からいくつかピックアップしてくれるようなイメージです。
ステップ3:「カンペ」をAIに渡す(拡張 / Augmentation)
ステップ2で見つけ出した、質問に関連性の高い情報(文書の一部や要約など)を、あなたが最初に入力した質問文と組み合わせます。
- 例: あなたの質問「〇〇の最新バージョンの特徴を教えてください」に加えて、ステップ2で見つけた製品マニュアルの「新機能一覧」や「バージョンアップ情報」のテキストデータを、セットにしてAIに渡します。これがAIにとっての「カンペ」となります。
ステップ4:AIが「カンペ」を参考に回答を生成する(生成 / Generation)
いよいよ回答生成です。AI(大規模言語モデル)は、あなたの元の質問と、ステップ3で渡された「カンペ(関連情報)」の両方を考慮して、最終的な回答文を作り出します。
- ポイント: AIは、カンペにある情報を重視して回答を生成するように指示されています。そのため、カンペの内容に基づいた、より正確で具体的な回答が期待できます。ただカンペを読み上げるだけでなく、自然な文章になるようにAIが上手にまとめてくれます。
- 例: 製品マニュアルの情報を元に、「〇〇の最新バージョンでは、△△機能が追加され、□□の性能が向上しました。詳細はこちらのマニュアルP.XXをご参照ください。」といった、具体的で根拠のある回答が生成されます。
事前に準備も必要
この仕組みを動かすためには、ステップ2で検索する「信頼できる情報源(ナレッジベース)」を事前に準備し、AIが検索しやすい形(ベクトル化など)にしておく必要があります。この準備作業もRAGを活用する上では重要です。
このように、RAGは「検索して見つけた情報(カンペ)を基に回答を生成する」という、一見シンプルですが非常に効果的な仕組みによって、生成AIの回答の質を大きく向上させているのです。
RAGを使うことによる主なメリット

RAGの仕組みが分かったところで、この「カンペを見ながら話すAI」を使うことで、具体的にどのような「いいこと」があるのか、その主なメリットを見ていきましょう。生成AIが苦手だった点を克服し、より便利で信頼できるツールへと進化させる力がRAGにはあります。
- 回答の精度が格段に上がり、嘘(ハルシネーション)が減る
これがRAG最大のメリットと言えるでしょう。AIは回答を生成する際に、信頼できる情報源から検索してきた「カンペ」を参考にします。これにより、AI自身の知識だけでは不確かだった情報や、学習データにない情報についても、事実に基づいた回答ができるようになります。結果として、もっともらしい嘘(ハルシネーション)を大幅に減らすことができます。- 具体例: 顧客からの問い合わせに対応するチャットボットにRAGを導入すれば、最新の製品マニュアルやFAQをカンペとして参照するため、古い情報や間違った操作方法を案内してしまうリスクを低減できます。より正確な情報提供は、顧客満足度の向上にも繋がります。
- 常に最新の情報に基づいた回答が可能になる
生成AIの弱点であった「知識の古さ」も、RAGによって克服できます。RAGが参照する「カンペ」となる情報源(ナレッジベース)を常に最新の状態に更新しておけば、AIはその最新情報を反映した回答を生成できます。AIモデル自体を再学習させる必要がないため、迅速に最新情報に対応できるのが大きな強みです。- 具体例: 社内規定や法規制に関する質問応答システムにRAGを使えば、規定が変更された際にナレッジベースの文書を更新するだけで、常に最新の正しい情報に基づいた回答を従業員に提供できます。日々変わる市場動向に関するレポートを生成する際にも有効です。
- 社内文書や専門知識など、特定の情報に基づいた回答ができる
一般的な知識しか持たない生成AIでも、RAGを使えば特定の分野に特化した回答が可能になります。社内文書、専門的な研究論文、特定の業界ニュースなど、限定的な情報をナレッジベースとして用意すれば、AIはその知識をカンペとして参照できるようになります。- 具体例: 膨大な量の社内文書の中から、必要な情報を探し出すのは大変ですが、RAGを使った社内検索システムなら、自然な言葉で質問するだけで、関連文書を探し出し、その内容を要約して回答してくれます。専門知識が必要な技術サポートや、過去の類似事例検索などにも応用できます。
- 回答の根拠・出典を示せる場合がある(透明性の向上)
RAGの仕組み上、AIがどの「カンペ」(参照した文書)を基に回答を生成したかを示すことが可能です。これにより、ユーザーは回答の根拠を確認でき、情報の信頼性を判断しやすくなります。なぜAIがそのような回答をしたのかが分かりやすくなり、AIに対する信頼感(透明性)が高まります。 - AIモデルの再学習に比べてコスト効率が良い
前述の通り、巨大なAIモデルを最新情報で再学習させるには、莫大な計算資源とコスト、時間がかかります。一方、RAGは既存のAIモデルはそのままに、参照する情報源(ナレッジベース)を更新するだけで対応できるため、比較的低コストかつ迅速にAIシステムの知識を最新化・専門化させることが可能です。
これらのメリットにより、RAGは生成AIを実験的なツールから、ビジネスの現場で実際に活用できる、より実用的で信頼性の高いツールへと進化させるための鍵となる技術なのです。
まとめ:RAGが作るAIの未来
今回は、生成AIの精度と信頼性を高める重要な技術「RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)」について、初心者の方にも分かりやすいように解説してきました。
もちろん、RAGも万能ではなく、検索する情報源の質が重要であるなど、考慮すべき点もあります。しかし、RAG(および類似の技術)が、今後のAI開発においてますます重要な役割を果たしていくことは間違いないでしょう。
生成AIとRAGの組み合わせによって、私たちはこれから、さらに賢く、さらに信頼でき、私たちの生活や仕事を豊かにしてくれるAIと出会えるはずです。この進化に注目し、理解を深めていくことが、これからのAI時代をより良く生きるための鍵となるかもしれません。