近年、ビジネスの世界で「CX(シーエックス)」という言葉が頻繁に使われるようになりました。「カスタマーエクスペリエンス」や「顧客体験」とも呼ばれますが、「それって具体的にどういう意味?」「CS(顧客満足度)とは違うの?」と疑問に思っている方も少なくないでしょう。CXは、単に良い商品やサービスを提供するだけでなく、顧客が企業やブランドと関わる「すべての体験」を重視する、現代のビジネスにおいて非常に重要な考え方です。
この記事では、CXの基本的な意味から、なぜ今それが重要視されているのか、そしてCXを高めていくための第一歩まで、初心者の方にも分かりやすく解説していきます。
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CXとは?一言でいうと「顧客が体験する全てのコト」
CXとは、「Customer Experience(カスタマーエクスペリエンス)」の略で、日本語では「顧客体験」あるいは「顧客体験価値」と訳されます。これは、文字通り、一人の顧客が、ある企業やブランド、その商品やサービスに関して体験する「全てのコト」から得られる、総合的な認識や感情を指します。
ここで重要なのは、「全てのコト」という部分です。CXは、単に商品を購入したり、サービスを利用したりするその瞬間だけを指すのではありません。
- 購入前: 広告を見る、Webサイトで情報を調べる、SNSで口コミを見る、店舗を訪れる、問い合わせをする…
- 購入中: 商品を選ぶ、店員と話す、オンラインで注文する、支払いをする…
- 購入後: 商品を使う、サポートセンターに連絡する、アフターサービスを受ける、メールマガジンを受け取る、次の購入を検討する…
これら顧客が企業やブランドと接触するあらゆる接点(タッチポイント)における体験が、すべてCXを構成する要素となります。
さらに、CXは単なる機能的な便利さだけではありません。その体験を通じて顧客が「どう感じたか」という感情的な側面も非常に重視します。「このお店は雰囲気が良くてワクワクする」「問い合わせ対応が丁寧で安心した」「アプリが使いにくくてイライラした」といった、嬉しい、楽しい、快適、安心、あるいは不満、不安、怒りといった感情も含めて、CXなのです。
【例え:レストランでの体験】
想像してみてください。あなたが「最高のレストラン体験」と感じるのは、料理の味が美味しい(=製品が良い)ことだけでしょうか?
- 予約の電話応対が丁寧だったか?
- お店の雰囲気や内装は素敵だったか?
- 店員さんの接客態度は心地よかったか?
- 料理が出てくるまでの時間は適切だったか?
- トイレは清潔だったか?
- 会計はスムーズだったか?
- 帰り際に気持ちよく見送ってもらえたか?
これら一つ一つの体験が積み重なって、「また来たい!」あるいは「もう来たくない…」という総合的な印象(CX)が形作られますよね。CXとは、まさにこのような顧客との関わり全体を通じて提供される価値そのものなのです。
なぜ今CXが重要視されるのか?その意味とメリット
では、なぜ近年、多くの企業がこのCX(顧客体験)に注目し、その向上に取り組んでいるのでしょうか? それには、現代のビジネス環境におけるいくつかの重要な理由と、CX向上によって得られる大きなメリットがあります。
- 理由/メリット①:モノ・情報が溢れる時代の「差別化」の鍵になる
現代は、技術が発達し、多くの市場で製品やサービスの機能・品質だけでは大きな差をつけることが難しくなっています。価格競争も激化しがちです。そのような状況において、顧客に「選ばれる」ための重要な要素となるのが、CX(顧客体験)です。「あのお店は、商品も良いけど、店員さんの対応が本当に気持ちいい」「このサービスのアプリは、デザインも使い勝手も最高だ」といった優れた体験は、他社には真似しにくい、強力な競争優位性となり得ます。 - 理由/メリット②:「顧客ロイヤルティ」を高め、LTV向上に繋がる
顧客が製品やサービス、そして企業との関わり全体を通じて一貫して良い体験をすると、その企業やブランドに対する愛着や信頼感(=顧客ロイヤルティ)が高まります。ロイヤルティの高い顧客は、- 繰り返し購入・利用してくれる(リピーターになる)
- 関連商品や高価格帯の商品も購入してくれる可能性が高い
- 多少価格が高くても、他社に乗り換えにくい といった傾向があります。これは、一人の顧客が生涯を通じて企業にもたらす価値(LTV:顧客生涯価値)の向上に直結します。LTVを高めることは、企業の安定的で長期的な成長に不可欠です。
- 理由/メリット③:良い口コミ・悪い口コミ(評判)に直接影響する
SNSやレビューサイトが普及した現代では、個人の体験談は瞬時に、かつ広範囲に共有されます。素晴らしいCXは、ポジティブな口コミや推奨(「あのサービス、すごく良かったよ!」)を生み出し、新たな顧客を呼び込む強力なマーケティングツールとなります。逆に、一度でも悪い体験をさせてしまうと、ネガティブな口コミが広がり、ブランドイメージを大きく損なうリスクがあります。CXは企業の評判を左右する重要な要素なのです。 - 理由/メリット④:顧客の期待値の変化への対応
AmazonやNetflixのようなデジタル先進企業の登場により、顧客はシームレスで、パーソナライズされ、ストレスのない体験を当たり前のように期待するようになっています。企業は、こうした高まる顧客の期待に応え続けなければ、顧客離れを引き起こしてしまいます。CX向上への取り組みは、現代の顧客ニーズに応えるための必須事項と言えます。 - 理由/メリット⑤:企業の収益性・ブランド価値を高める
上記のようなメリット(差別化、ロイヤルティ向上、良い評判、顧客期待への対応)は、最終的に企業の売上増加、収益性の向上、そしてブランド全体の価値向上に繋がっていきます。顧客体験を重視する企業は、長期的に見て高い成長を遂げる傾向があると言われています。
このように、CXは単なる「おもてなし」のレベルを超え、企業の競争力や成長そのものを左右する、経営戦略上、極めて重要な要素となっているのです。
CXを向上させるための第一歩とは?

CXの重要性は理解できたとして、では実際に自社のCXを向上させるためには、何から始めれば良いのでしょうか? 大規模なシステム導入や組織改革の前に、まず取り組むべき基本的な考え方とアプローチがあります。
- 第一歩①:顧客視点での徹底的な理解
これが全ての始まりであり、最も重要です。「自社は良いサービスを提供しているはずだ」という思い込みを捨て、徹底的に「顧客の視点」に立って、自社との関わりを体験してみることから始めましょう。顧客は、自社の商品やサービスをどのように知り、どのようなプロセスを経て購入(利用)し、その後どう感じているのでしょうか?- 具体的な方法例
- 顧客アンケートを実施し、満足度や不満点を直接聞く。
- 顧客インタビューを行い、より深く感情や背景を探る。
- カスタマーサポートへの問い合わせ内容を分析し、顧客がつまずいている点や不満を把握する。
- SNSやレビューサイトでの自社に関する言及をチェックする。
- 自社のサービスを顧客として利用してみる(覆面調査)。
- 具体的な方法例
- 第一歩②:カスタマージャーニーマップの作成
顧客を理解するための有効なツールとして「カスタマージャーニーマップ」があります。これは、顧客が商品を認知してから購入し、利用し、最終的にファン(または離脱)になるまでの一連のプロセス(旅=Journey)を、顧客の行動、思考、感情、そして企業との接点(タッチポイント)と共に時系列で可視化したものです。- 作成のメリット
- 顧客の一連の体験を俯瞰的に把握できる。
- 各接点における顧客の「嬉しい」「不満」「不安」といった感情の変化を理解できる。
- どこに問題点(ペインポイント)があり、どこに改善の機会があるかを発見しやすくなる。 (完璧なマップを最初から作る必要はありません。まずは簡単なものから作成し、チームで共有することから始めましょう。)
- 作成のメリット
- 第一歩③:全ての顧客接点の洗い出しと体験の評価
カスタマージャーニーマップなどを参考に、顧客が自社と接触する可能性のある全ての接点(Webサイト、アプリ、店舗、広告、電話、メール、SNS、製品本体、梱包、請求書など)を洗い出します。そして、それぞれの接点において、現在どのような体験を提供できているか、顧客視点で評価します。「ここはスムーズだけど、ここは分かりにくい」「ここは感動するけど、ここは待たされる」といった現状把握を行います。 - 第一歩④:部門横断での課題共有と連携意識の醸成
CXは、特定の部署(例:顧客サポート部)だけの問題ではありません。マーケティング、営業、開発、物流、経理など、会社内のあらゆる部門が顧客体験に関わっています。例えば、マーケティングが過剰な期待を煽る広告を打ち、営業が強引なセールスをし、製品の品質が悪く、サポートの対応も遅い…となれば、最悪のCXになってしまいます。各部門が顧客体験の重要性を理解し、部門間の壁(サイロ)を越えて連携し、一貫した体験を提供しようという意識を持つことが重要です。まずは課題を共有することから始めましょう。 - 第一歩⑤:従業員体験(EX)への目配り
意外に思われるかもしれませんが、従業員が自社で働くことに満足し、意欲的に働いているか(従業員体験=Employee Experience: EX)も、CXに大きな影響を与えます。不満を抱えた従業員が良い顧客対応をすることは難しいでしょう。従業員が働きやすい環境を整え、適切なツールや権限を与え、エンゲージメントを高めることが、結果的にCXの向上にも繋がります。
CX向上は一朝一夕には実現しませんが、まずは顧客を深く理解し、現状を把握し、組織全体で取り組む意識を持つことが、その重要な第一歩となります。
まとめ:顧客と企業の未来を創るための重要な視点
今回は、「CX(カスタマーエクスペリエンス/顧客体験)」について、その基本的な意味から、なぜ現代ビジネスにおいて重要なのか、そしてCX向上に向けた第一歩までを、できるだけ分かりやすく解説しました。
CXは、単なるマーケティング手法や顧客サポートの改善に留まるものではありません。それは、「顧客を中心に据えてビジネス全体を設計し直す」という、経営戦略そのものに関わる重要な視点です。顧客一人ひとりの体験に真摯に向き合い、その価値を高めていく努力こそが、変化の激しい時代において顧客との強い絆を育み、企業と顧客双方にとって明るい未来を創っていく原動力となるでしょう。この記事が、あなたがCXの重要性を理解し、その第一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。