近年ChatGPTやGoogle Geminiといった生成AIが急速に普及し、私たちの仕事や学習をサポートしてくれる便利なツールとなっています。しかし、その一方で、AIが生成する情報が必ずしも正しいとは限らない、という問題も浮上しています。特に注意が必要なのが「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる現象です。
AIがもっともらしい嘘をついたり、事実に基づかない情報を自信満々に語ったりすることがあるのです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか?そして、私たちはAIの回答とどう向き合い、どのように対策すれば良いのでしょうか?
Contents
AIのハルシネーション(幻覚)とは何か?
まず、「AIのハルシネーション」とは具体的にどのような現象を指すのか、その基本的な意味から理解しましょう。
AIのハルシネーションとは、AI(特に大規模言語モデル)が、事実に基づいていない情報や、文脈に合わない不自然な内容を、あたかも真実であるかのように、もっともらしく生成してしまう現象を指します。単なる計算間違いや誤字脱字のような単純なミスとは異なり、一見すると説得力があり、流暢で、自信に満ちた文章として出力されることが多いのが特徴です。
なぜ「ハルシネーション(幻覚)」という、少し奇妙な名前で呼ばれるのでしょうか? これは、人間が現実には存在しないものを見たり聞いたりする「幻覚」症状に、AIが事実に基づかない情報を生成する様子が似ていることから名付けられた比喩的な表現です。もちろん、AIが人間のように意識を持って「幻覚」を見ているわけではありません。AIには意識も感情もありませんので、あくまでその出力結果の性質を表すための言葉として使われています。
このハルシネーション現象は、特にChatGPT、Google Gemini、Claudeといった、人間と自然な対話を行ったり、文章を作成したりする能力を持つLLM(大規模言語モデル)において顕著に見られます。これらのAIは、膨大なテキストデータを学習し、そのデータに含まれるパターンに基づいて、「次にくる確率が最も高い単語」を予測することで文章を生成します。そのプロセスにおいて、事実の正確性を検証する機能が本質的に備わっているわけではないため、「それらしい嘘」や「根拠のない情報」を作り出してしまうことがあるのです。
この「もっともらしさ」が、ハルシネーションの厄介な点です。AIが自信たっぷりに語るため、利用者はついその情報を信じてしまいがちです。しかし、その情報が誤っていれば、間違った知識を身につけてしまったり、誤った判断を下してしまったりするリスクがあります。だからこそ、AIを利用する私たち一人ひとりが、ハルシネーションという現象が存在することを認識し、その性質を理解しておくことが、AIという強力なツールを使いこなす上で非常に重要になるのです。次のセクションでは、具体的にどのようなハルシネーションが起こるのか、事例を見ていきましょう。
こんな回答は要注意!AIハルシネーションの具体例
「AIがもっともらしい嘘をつく」と言われても、具体的にどんなケースがあるのか、イメージが湧きにくいかもしれません。ここでは、実際に報告されている、あるいは起こりうるAIハルシネーションの典型的なパターンをいくつかご紹介します。これらの例を知っておくことで、「もしかして、これもハルシネーションかも?」と気づくアンテナを立てることができます。
- 事実と異なる情報の生成
これが最も一般的で分かりやすいハルシネーションです。歴史上の出来事の日付や詳細、科学的な事実、特定の人物や場所に関する情報などを、平然と間違えて回答することがあります。- 例:「〇〇年に起こった△△事件の首謀者は××である」と断定したが、実際には首謀者は別人だったり、事件自体が存在しなかったりする。あるいは、「□□という病気には☆☆が効く」と医学的根拠のない情報を提示するなど。一見、知識が豊富に見えるだけに、信じてしまうと危険です。
- 存在しない情報源や文献の捏造
回答の根拠を尋ねたり、参考文献を求めたりすると、それらしいURL、書籍名、論文タイトル、著者名を挙げてくることがあります。しかし、実際にそのURLにアクセスしてみると存在しなかったり、書籍や論文を検索しても見つからなかったり、といったケースが頻発しています。- 例: 法律に関する調査で、判例を引用するように指示したところ、もっともらしい事件名や判決番号を挙げたが、それらが全て架空のものだった(これは実際にアメリカで弁護士がChatGPTを利用し、問題となった事例です)。学術的な調査などでこれをやってしまうと、研究全体が無駄になりかねません。
- 会話の文脈と無関係、または矛盾する応答
長文の対話や複雑な指示の中で、それまでの文脈を無視した、全く関係のない内容を突然話し始めたり、以前の発言と矛盾するような内容を述べたりすることがあります。- 例: あるテーマについて議論している最中に、突然全く別の話題について語り出す。あるいは、前半ではAという意見を述べていたのに、後半では真逆のBという意見を、何の断りもなく主張し始めるなど。
- もっともらしいが中身のない、あるいは冗長な回答
流暢で丁寧な言葉遣い、それらしい専門用語を使いながらも、よく読んでみると具体性がなく、当たり障りのない内容に終始していたり、同じような内容を表現を変えて繰り返しているだけで、実質的な情報がほとんどなかったりするケースもあります。- 例: ある問題の解決策を尋ねた際に、「多角的な視点から検討し、関係者と連携し、最適なアプローチを模索することが重要です」といった、一般論に終始し、具体的なアクションに繋がらない回答をする。
これらの例を見ると、AIの回答がいかに「もっともらしく」間違い得るかがお分かりいただけるかと思います。特に、自信を持って断定的な口調で語られるほど、注意深く内容を吟味する必要があります。「AIが言っているから正しいはず」という思い込みは捨て、常に疑う目を持つことが大切です。
なぜAIは嘘をつく?ハルシネーションを引き起こす原因

AIがこれほどまでに「もっともらしい嘘」、つまりハルシネーションを生成してしまうのはなぜでしょうか? それは、AIが人間のように「真実を理解して話している」わけではない、その根本的な仕組みや学習プロセスに起因しています。主な原因を5つに分けて見ていきましょう。
- 原因①:LLMが「それらしい単語」を予測する仕組み自体に起因
現在の主流であるLLM(大規模言語モデル)は、膨大なテキストデータを学習し、「ある単語の次に、どの単語が来る確率が最も高いか」を予測することで、文章を生成しています。これは、入力された文脈に対して、統計的に最も「ありえそうな」言葉の連なりを作り出すプロセスです。つまり、LLMは「事実として正しいかどうか」よりも、「人間が書いた文章として自然かどうか」「学習データ中でよく見られたパターンかどうか」を優先して応答を生成する傾向があるのです。そのため、たとえ事実と異なっていても、文法的に正しく、流暢で、それらしい響きを持つ文章であれば、それを生成してしまう可能性があります。まるで、事実確認をせずに口から出まかせで話を合わせるのが得意な人のようです。 - 原因②:学習データの限界(不正確・偏り・古い情報)
LLMは、インターネット上のテキストや書籍など、人間が作成した膨大なデータを「教材」として学習します。しかし、その学習データ自体が完璧ではありません。- 不正確な情報: ウェブ上には誤った情報やデマも溢れています。AIはこれらを真偽を区別せずに学習してしまう可能性があります。
- 偏り(バイアス): 学習データには、社会的なステレオタイプや偏見が含まれていることがあります。AIがこれを学習し、偏った内容を生成してしまうことがあります。
- 古い情報: 多くのLLMは、ある特定の時点までのデータで学習されています(知識のカットオフ)。そのため、それ以降の最新の出来事や情報については知らない、あるいは古い情報に基づいて回答してしまうことがあります。
- 原因③:現実世界の知識や文脈理解の不足(常識の欠如)
AIは言語パターンを学習しますが、人間のように物理的な世界での経験や、暗黙の了解、社会的な常識を持っているわけではありません。そのため、言葉の上では理解しているように見えても、その背後にある現実世界の意味合いや、文脈に応じた微妙なニュアンスを完全には把握できていないことがあります。これにより、論理的に破綻していたり、常識的に考えてありえないような内容を生成してしまうことがあります。 - 原因④:曖昧な指示(プロンプト)に対するAIの「忖度」?
ユーザーがAIに与える指示(プロンプト)が曖昧だったり、複数の解釈が可能だったりする場合、AIはユーザーの意図を推測し、「おそらくこういうことを求めているのだろう」と解釈して応答を生成しようとします。その解釈が間違っていたり、AIが無理に話を合わせようとしたりすると、結果的に不正確な情報や文脈に合わない応答が生まれることがあります。また、ユーザーが期待する答えに近づけようとするあまり、事実を捻じ曲げてしまうケース(過剰適合)も考えられます。 - 原因⑤:「わからない」と言えない?AIの過剰な自信と不確実性
現在のAIモデルの多くは、ユーザーに対して協力的で、自信を持って回答するように設計・調整されている傾向があります。そのため、知らないことや自信がないことでも、安易に「わかりません」と答えるのではなく、何とか答えをひねり出そうとして、結果的に不確かな情報や推測に基づいた情報を、断定的な口調で生成してしまうことがあります。回答の不確実性を適切に表現する能力は、まだ発展途上の段階と言えます。
これらの原因が複合的に絡み合うことで、AIハルシネーションは発生します。この現象は、AIの仕組みに根差した課題であり、開発者たちは日々改善に取り組んでいますが、現時点(2025年4月)では完全になくすことは難しいと考えられています。だからこそ、利用者がその特性を理解し、適切に対処していく必要があるのです。
ハルシネーションがもたらすリスク・影響とは?
AIのハルシネーションは、単に「AIが間違うことがある」というだけでなく、個人や社会にとって様々なリスクや悪影響をもたらす可能性があります。なぜ私たちがハルシネーションに注意し、対策を講じる必要があるのか、その具体的なリスクについて考えてみましょう。
- 誤った情報による意思決定ミス
個人が生活上の判断(例えば、健康に関する情報や金融商品の情報)をAIに頼り、その情報がハルシネーションだったらどうなるでしょうか? 間違った健康法を試してしまったり、不適切な投資判断をしてしまったりする可能性があります。ビジネスにおいても同様で、市場分析や競合調査、法的な調査などでAIが生成した誤った情報を基に戦略を立ててしまうと、大きな損失につながる可能性があります。前述した弁護士の例のように、専門的な業務での誤用は、信用失墜や法的な責任問題に発展することさえあります。 - フェイクニュース拡散など社会的な混乱の助長
ハルシネーションによって生成されたもっともらしい偽情報は、意図的かどうかにかかわらず、SNSなどを通じて瞬く間に拡散される可能性があります。特に、政治的な情報や災害情報などに関する偽情報は、人々の不安を煽り、社会的な混乱や対立を引き起こす原因となり得ます。AIを使えば、説得力のあるフェイクニュースを簡単かつ大量に生成できてしまうため、このリスクは今後ますます深刻化する可能性があります。 - AI技術そのものへの信頼性低下
ユーザーがAIを利用して、頻繁にハルシネーションに遭遇したり、それによって不利益を被ったりする経験を重ねると、「AIは信用できない」「AIは役に立たない」という認識が広まってしまう可能性があります。これは、本来であれば社会に役立つはずのAI技術の健全な発展や普及を妨げる要因となり得ます。特に、医療や教育、インフラ管理といった、高い信頼性が求められる分野へのAI導入に対して、社会的な受容が得られにくくなるかもしれません。 - 教育や研究分野での誤学習
学生がレポート作成や学習のためにAIを利用する際、AIが生成した誤った情報をそのまま鵜呑みにしてしまうと、間違った知識を身につけてしまうことになります。また、研究者が文献調査などでAIを利用し、AIが捏造した引用文献や研究データを信じてしまうと、研究の方向性が誤ったり、貴重な時間やリソースが無駄になったりする可能性があります。教育や研究の基盤となる「知識の正確性」が、ハルシネーションによって脅かされるリスクがあるのです。
これらのリスクを考えると、AIのハルシネーションは決して軽視できない問題であることがわかります。AIの利便性を享受しつつも、その出力に対しては常に批判的な視点を持ち、情報の真偽を慎重に見極める姿勢が、私たち利用者一人ひとりに求められていると言えるでしょう。
AI利用者が今日からできる!ハルシネーション対策

AIのハルシネーションは、AIの仕組みに根差した問題であり、完全に防ぐことは難しいのが現状です。しかし、私たち利用者がその特性を理解し、適切な使い方や心構えを持つことで、ハルシネーションによるリスクを大幅に減らすことが可能です。ここでは、AIと賢く付き合うために、今日から実践できる具体的な対策を8つご紹介します。
- 対策①:【最重要】ファクトチェック(事実確認)を必ず行う
これが最も基本的かつ重要な対策です。AIが生成した情報、特に事実関係(日付、数値、固有名称、出来事の詳細、科学的根拠など)を含む情報については、絶対に鵜呑みにせず、必ず信頼できる他の情報源で裏付けを取りましょう。検索エンジンで関連キーワードを検索する、公式サイトや公的機関の発表を確認する、専門書や信頼できるニュース記事を参照するなど、複数の情報源でクロスチェックする習慣をつけましょう。特に重要な判断に関わる場合は、手間を惜しまず徹底することが肝心です。 - 対策②:具体的で明確な指示(プロンプト)を心がける
AIに質問や指示を出す際には、できるだけ具体的に、曖昧さをなくすように意識しましょう。「〇〇について教えて」だけでなく、「〇〇について、△△の観点から、初心者にも分かるように3つのポイントで説明してください」のように、目的、背景、対象者、出力形式などを明確に伝えることで、AIが意図を汲み取りやすくなり、的外れな回答や不確かな情報の生成を抑制できる可能性があります。 - 対策③:情報源や根拠の提示をAIに求める(※ただし過信は禁物)
AIに対して、「その情報の根拠は何ですか?」「参考にした情報源を教えてください」と尋ねることは、一定の効果が期待できます。ただし、前述の通り、AIは情報源を捏造することがあるため、提示された情報源が本当に存在し、内容を支持するものなのかを必ず確認する必要があります。情報源が示されたからといって、安心してはいけません。 - 対策④:複数のAIサービスや情報源で裏付けを取る
一つのAIサービスだけでなく、ChatGPT、Gemini、Claudeなど、異なる複数のAIに同じ質問をしてみて、回答に一貫性があるかを確認するのも有効な方法です。もし回答が大きく異なる場合は、その情報が不確かである可能性が高いと判断できます。もちろん、AI以外の情報源(検索エンジン、書籍など)との比較も重要です。 - 対策⑤:「AIは間違うもの」という前提で利用する意識改革
技術的な対策だけでなく、私たち自身の意識を変えることも重要です。「AIは常に正しい」「AIは万能だ」という思い込みを捨て、「AIは便利なアシスタントだが、間違いもする」という前提で接するようにしましょう。AIの回答はあくまで「下書き」や「たたき台」と捉え、最終的な判断や責任は人間が持つ、という意識を持つことが大切です。 - 対策⑥:Temperature設定を調整してみる(提供されていれば)
一部のAIサービスやAPIでは、「Temperature」という設定値を調整できる場合があります。これは回答のランダム性を制御するもので、値を低くする(例:0.2)と、より決定的で一貫性のある回答になりやすく、高くする(例:0.8)と、より多様で創造的な回答になりやすくなります。一般的に、Temperatureを低めに設定すると、事実に基づかない突飛な回答(ハルシネーション)が抑制される傾向があると言われています。もし調整可能であれば、試してみる価値はあります。 - 対策⑦:簡単な質問や得意分野から試してみる
AIを使い始めたばかりの場合や、特定のAIの信頼性を確認したい場合は、まず自分が答えを知っている簡単な質問をしたり、そのAIが得意とする分野(文章の要約や翻訳など)から試したりすることで、そのAIの応答の癖や信頼性の度合いを掴むことができます。 - 対策⑧:間違いを発見したらフィードバックを送る
多くのAIサービスには、ユーザーがAIの回答に対して評価(良い/悪いなど)をフィードバックする機能が付いています。ハルシネーションを発見した場合、積極的にフィードバックを送ることで、開発者がモデルを改善するための貴重なデータを提供することになり、長期的にはハルシネーションの低減に貢献できます。
これらの対策を組み合わせることで、AIハルシネーションのリスクを管理し、AIをより安全で生産的なツールとして活用することができるようになるでしょう。
まとめ:AIと賢く付き合っていくために
今回は、AI、特にLLM(大規模言語モデル)における「ハルシネーション」という現象について、その意味、具体例、発生原因、そして私たちが取るべき対策を詳しく解説してきました。
ハルシネーションは、現在のAI技術が抱える本質的な課題の一つであり、開発者も日々その軽減に取り組んでいます。私たち利用者がその特性を正しく理解し、今回ご紹介したような対策を実践することで、リスクを最小限に抑えながら、AIの持つ大きなメリットを享受することができるはずです。
AIは強力なツールですが、それを使いこなすのは私たち人間です。ハルシネーションについて学び、AIのリテラシーを高めることが、これからのデジタル社会を賢く生き抜く上で不可欠と言えるでしょう。この記事が、その一助となれば幸いです。