「自社の商品やサービス、もっと多くの人に届けたいけど、どうすれば効果的なんだろう…」「マーケティング戦略って、何から考えればいいの?」―― そんな悩みを持つビジネスパーソンや経営者の方に、ぜひ知っていただきたいのが「STP分析(エスティーピーぶんせき)」という考え方です。これは、マーケティング戦略を立てる上で非常に基本的かつ重要なフレームワーク(考え方の枠組み)です。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、この記事を読めば大丈夫。「STP分析って何?」という基本から、具体的なステップまで、専門用語をできるだけ使わずに、初心者の方にも「なるほど!」と納得していただけるよう、わかりやすく解説していきます。
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STP分析とは「顧客を分けて、狙って、響かせる」戦略
STP分析とは、効果的なマーケティング戦略を立案するための基本的なフレームワーク(考え方の枠組み)です。一言でそのエッセンスを表すなら、「市場にいる多様な顧客を、ニーズや属性に応じてグループ分けし(=分けて)、その中から自社が最も価値を提供できる顧客グループを選び出し(=狙って)、その顧客グループの心に、競合とは違う自社の独自の魅力を的確に伝える(=響かせる)」ための戦略的な考え方と言えます。
STPは、以下の3つのステップの頭文字から名付けられました。提唱者の一人として、著名な経営学者フィリップ・コトラーが挙げられます。
- S = Segmentation(セグメンテーション):市場細分化
- T = Targeting(ターゲティング):狙う市場の決定
- P = Positioning(ポジショニング):自社の立ち位置の明確化
なぜこのSTP分析が重要なのでしょうか?現代は、顧客のニーズや価値観が非常に多様化しており、一つの商品やサービスが「すべての人に受け入れられる(万人受けする)」ことは極めて困難になっています。また、企業が持つ経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)は限られています。そのため、やみくもに市場全体へアプローチするのではなく、自社の強みを活かせ、かつ最も魅力的な顧客層に資源を集中させ、効果的なメッセージを届けることが、ビジネスを成功させる上で不可欠なのです。
STP分析は、この「誰に」「何を」「どのように」伝えるか、というマーケティング戦略の根幹を定めるための羅針盤となる考え方なのです。まずは市場全体を理解し(S)、次に戦うべき場所を定め(T)、そして最後にそこでどう自社の魅力をアピールするか(P)を決めていく、という流れで分析を進めていきます。
①セグメンテーション(Segmentation)市場を「分ける」
STP分析の最初のステップは「セグメンテーション(市場細分化)」です。これは、商品やサービスを提供する対象となる市場全体を、共通のニーズや性質を持つ、いくつかの小さな顧客グループ(セグメント)に分割していく作業を指します。「市場にいる顧客は、みんな同じではない」という認識からスタートし、顧客を理解するための第一歩となります。
なぜ市場を細かく分ける必要があるのでしょうか?それは、顧客一人ひとりの好みや求めるものが多様化しているためです。例えば、「飲み物」という大きな市場でも、「健康志向の人」「安さを重視する人」「特定の味やブランドが好きな人」「飲む場面(朝、仕事中、リラックスタイムなど)を気にする人」など、様々なニーズを持つ人々が存在します。
市場全体を一つの塊として捉えるのではなく、こうした異なるニーズを持つグループに分けることで、それぞれのグループの特性をより深く理解し、後のターゲティング(どのグループを狙うか)やポジショニング(どうアピールするか)に繋げやすくなるのです。
市場を分ける際の「切り口」や「軸」となる変数には、主に以下の4つのカテゴリーがあります。
- ① 地理的変数(ジオグラフィック変数): 顧客が住んでいる地域、都市の規模(大都市、地方都市、町村)、人口密度、気候(温暖、寒冷)、文化、宗教などで分けます。
- 例:コンビニエンスストアが、地域(オフィス街、住宅街、観光地)によって品揃えを変える。
- ② 人口動態変数(デモグラフィック変数): 顧客の客観的な属性情報で分けます。年齢、性別、所得、職業、学歴、家族構成(独身、夫婦のみ、子持ちなど)などが代表的です。最も一般的で分かりやすい切り口です。
- 例:自動車メーカーが、若年層向けにはデザイン性の高いコンパクトカーを、ファミリー層向けにはミニバンをアピールする。
- ③ 心理的変数(サイコグラフィック変数): 顧客の価値観、ライフスタイル、性格、興味・関心、購買動機といった、心理的な側面で分けます。デモグラフィック変数だけでは見えない、顧客の「内面」を捉える切り口です。
- 例:環境問題への関心が高い層に向けて、エコ素材を使った商品やサステナブルな取り組みをアピールする。
- ④ 行動変数(ビヘイビアル変数): 顧客の商品やサービスに対する知識、態度、使用状況、反応といった、実際の「行動」に基づいて分けます。購買頻度、使用頻度(ヘビー/ライトユーザー)、求める便益(価格重視/品質重視/利便性重視など)、ブランドへの忠誠度(ロイヤリティ)などが含まれます。
- 例:特定の商品を繰り返し購入してくれるロイヤルカスタマー向けに、特別な割引や情報を提供する。
実際には、これらの変数を一つだけでなく、複数組み合わせて市場を分割することで、より具体的で意味のある顧客セグメントが見えてきます。(例:「都市部在住で、健康志向が強く(心理的)、オーガニック食品を頻繁に購入する(行動)30代女性(人口動態)」など)
②ターゲティング(Targeting)狙う顧客を「決める」
セグメンテーションによって市場をいくつかのグループに分けたら、次のステップは「ターゲティング」です。これは、分割したセグメントの中から、自社が「標的(ターゲット)」として狙うべき、最も魅力的で、かつ自社の強みを活かせる顧客セグメントを選び出すプロセスです。全てのセグメントを満足させることは困難であり、経営資源も限られているため、「選択と集中」を行うことが重要になります。
では、どのセグメントをターゲットとして選ぶべきでしょうか?その判断基準として、一般的に以下のような視点(マーケティングの大家フィリップ・コトラーが提唱した「6つのR」などを参考に、分かりやすく整理)で各セグメントの魅力度を評価します。
- 市場規模(Realistic Scale): そのセグメントは、事業として成り立つだけの十分な大きさ(人数や市場金額)がありますか?
- 成長性(Rate of Growth): そのセグメントは、今後拡大していく可能性がありますか?(縮小している市場は魅力的でない場合が多い)
- 競合状況(Rivalry): そのセグメントには、強力な競合他社がひしめいていませんか?自社が競争で優位に立てる可能性はありますか?
- 到達可能性(Reach): そのセグメントの顧客に対して、自社の製品・サービスやマーケティングメッセージを効果的に届ける手段(流通チャネルや広告媒体など)はありますか?
- 測定可能性(Response / Measurability): そのセグメントに対するマーケティング活動の効果(反応)を測定することは可能ですか?
- 自社の強み・資源との適合性(Resources): 自社の経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報・技術)や企業理念、ブランドイメージと、そのセグメントは合致していますか?自社の強みを活かして、顧客ニーズを満たすことができますか?
これらの視点から各セグメントを総合的に評価し、自社にとって最も有望なターゲット市場を決定します。
ターゲットの選び方(アプローチ方法)には、大きく分けて以下の3つのパターンがあります。
- ① 無差別型マーケティング: セグメント間の違いを無視し、市場全体に対して同じ製品・同じマーケティング戦略でアプローチする方法。現代ではコスト効率が悪く、成功が難しいことが多い。(例:かつての塩や砂糖のようなコモディティ商品)
- ② 差別型マーケティング: 複数の異なるセグメントを選び、それぞれのセグメントに合わせて異なる製品やマーケティング戦略を展開する方法。幅広い顧客層を獲得できる可能性があるが、コストがかかる。(例:自動車メーカーが車種ごとに異なるターゲット層を設定し、異なる広告を展開する)
- ③ 集中型マーケティング(ニッチ戦略): 特定の、あるいはごく少数のセグメントに経営資源を集中させる方法。その市場で強い地位を築ける可能性があるが、市場が小さい、あるいは変化した場合のリスクもある。(例:高級オーガニックペットフード専門メーカー)
自社の状況や戦略に合わせて、最適なターゲティング戦略を選択します。
ステップ3:ポジショニング(Positioning)- 自社の「立ち位置」を明確にする
ターゲットとする顧客セグメントを決めたら、最後のステップは「ポジショニング」です。これは、ターゲット顧客の「頭の中」で、競合製品・サービスと比較して、自社の製品・サービスが「どのような独自の価値を持つ存在なのか」という、明確で魅力的な「立ち位置(ポジション)」を築き上げ、認識してもらうための活動です。
なぜポジショニングが重要なのでしょうか?それは、市場には類似の商品やサービスが溢れており、顧客は常にそれらを比較検討しているからです。その中で「なぜ、競合ではなく、あなたの商品を選ぶべきなのか?」という明確な理由を顧客に提示できなければ、価格競争に巻き込まれたり、そもそも選択肢にすら入らなかったりする可能性があります。ポジショニングは、顧客に選ばれるための「差別化戦略」の核となる考え方です。
効果的なポジショニングを行うためには、以下の手順で考えます。
- ターゲット市場における競合を特定する: ターゲット顧客が、自社製品の代わりに購入する可能性のある競合製品・サービスは何かをリストアップします。
- 競合製品・サービスと顧客ニーズを分析する: 競合がどのような価値を提供し、ターゲット顧客にどう認識されているか、そしてターゲット顧客が本当に求めている価値(ニーズ)は何かを深く理解します。
- 自社の「独自の強み(差別化要因)」を特定する: 競合にはない、あるいは競合よりも優れている、自社ならではの強み(例:品質、機能、価格、デザイン、サービス、ブランドイメージ、利便性など)を見つけ出します。これがポジショニングの軸となります。
- 最も効果的なポジショニングを決定し、伝達する: 特定した強みの中から、ターゲット顧客にとって最も魅力的で、かつ自社が継続的に提供できる独自の価値(Unique Selling Proposition: USP)を決定します。そして、そのポジションを、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、販促(Promotion)といったマーケティング・ミックス(4P)を通じて、ターゲット顧客に一貫性を持って伝え続けます。
ポジショニングを考える際に、「ポジショニングマップ」という図を作成するのも有効です。これは、顧客が製品を選ぶ際の重要な2つの軸(例:「価格」と「品質」、「機能性」と「デザイン性」など)で競合製品と自社製品をマッピング(配置)し、市場における各社の相対的な位置関係を視覚的に把握するためのツールです。これにより、競合がいない、あるいは手薄な魅力的なポジション(空き地)を見つけ出すヒントが得られることがあります。
まとめ:STP分析とは、顧客視点で考える効果的なマーケティング戦略の羅針盤
今回は、マーケティング戦略の基本フレームワークである「STP分析」について、その意味、各ステップ(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)の考え方と進め方を、できるだけ分かりやすく解説しました。
STP分析は、複雑に見える市場と顧客を整理し、自社の進むべき方向性を定めるための「羅針盤(らしんばん)」のような役割を果たします。常に「顧客視点」で考え、自社の強みを活かす戦略を描くことが、この分析を成功させる鍵となります。
企業の規模や業種に関わらず、STP分析の考え方はあらゆるマーケティング活動の土台となります。ぜひ、このフレームワークを活用して、あなたのビジネスにおける効果的なマーケティング戦略を立案・実行してみてください。